菅井ノート 実戦編

菅井ノート 実戦編 (マイナビ将棋BOOKS)先日の将棋電王戦リベンジマッチの激闘を観戦したおかげで、すっかり菅井ファンになってしまったH-Iです、こんばんは!

この菅井ノートシリーズ。今のところ全3巻ですが、3冊とも発売と同時に買いながらも全く読んでいないというだめだめなぼく。

というのも最近、振り飛車は四間飛車穴熊しか指さないから、余計な知識を得る時間的余裕も無い為、おざなりになってしまっていました。

というわけで、そろそろ読まないとなあと思い立ち、このシリーズ唯一の自戦記本である本書を手に取ったわけです。

ちなみに本書に掲載されている戦型は1局目から順に、先手石田流、後手ゴキゲン、後手ゴキゲン、先手石田流、後手ゴキゲン、後手ゴキゲン、先手石田流、後手角交換四間飛車、後手ゴキゲン、先手中飛車という全10局のラインナップ。

いかにも現代振り飛車党といった感じですね。ぼく個人としてはあまり指したことはないジャンルではあるのですが、この自戦記たち、すっごい面白くてハマってしまいました。

なにが面白いって、1局1局に菅井新手と言ってよい新手・新構想が織り込まれた将棋ばかりなんですよね。ただ定跡をなぞるだけではない、新しい道を切り開こうとしているパワーと言うんでしょうか、ものすごいエネルギー量を感じる将棋ばかりでした。

今では普通に定跡となっている手も多いのですが、成功だけではなく失敗した新手もあり、試行錯誤しているのが伝わってきます。

というわけで1局ごとにその新手・新構想を観ていきたいと思います。

 

第1局 中村太一四段戦

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残念ながら本局は菅井新手なるものは無かったのですが、序盤の不利をうまく粘って逆転勝ちするという内容でした。その逆転への第一歩が上図。

端を詰められ、美濃も未完成のまま戦いが起きており、次に▽7四銀と飛車を押さえ込まれたら即アウトの局面。ここから▲7三歩成▽同飛に▲7五歩!が根性の一手。

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以下▽7四歩に▲8六歩▽7五歩▲8六飛でなんとか脱出成功。窮地を脱しました。こういう脂っこい手が指せるのも菅井五段らしいですよね。

 

第2局 西尾明五段戦

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本局はゴキゲン中飛車対丸山ワクチンの出だしから、早速の菅井新手▽3五歩が炸裂!!

いやぁ、この局面を前にして、この手は全くもって見えないですね。しかも凄いのはこれだけではなく、以下▲7八銀▽7二玉▲6八玉に▽3六歩!と仕掛けてるんです。

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将棋って、こういう手もあるんだなというか、なんだかコンピュータの手を見ているようでもあります。しかしもの凄い刺激を受ける手ですよね。結果としてはこの新手は不発で終わるのですが、こういう構想というか発想を持っているのが菅井五段の将棋の最大の魅力ですね。

 

第3局 中座真七段戦

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ゴキゲン中飛車の将棋から、居飛車が▲5八飛と回ったところで▽2四歩!が有名な菅井新手。これはタイトル戦でも見たことがある気がします。▲5八飛に対して挑発的な逆モーションの▽2四歩、これは着眼が凄いですね。

しかしこの手の凄いところはむしろこの後。以下▲2四同歩▽同角▲2八飛には▽2三歩と打ち、以下▲2五歩▽3三角▲5八飛には再び▽2四歩で、、あれ千日手?というわけ。

こういう大胆な手なのに狙いは千日手、みたいな柔軟な発想が凄いなあと、ただただ感心するだけです。

 

第4局 大石直嗣四段戦

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石田流からの▲6七角!が菅井新手。 あれ、これって升田先生が指した手じゃなかったっけ?と思ったアナタは通ですね。

ぼくも升田新手にしか見えなかったですけど、どうやら5筋の歩が一路下がっているということらしいです。しかしあの誰もが知っている大山ー升田の名人戦の棋譜を見て、歩が下がってたらなあと思えることが凄い。そして研究の深さを感じます。

過去の大山ー升田戦では▲5六歩型だったため、▲5五歩▽同歩として活用するしかなかったのですが、本譜なら直接3四の歩を狙っています。うーん、研究って凄い。こういう小さい工夫ってほんとに凄いなあ。

 

第5局 船江恒平四段戦

本局は菅井五段の新手が出る前に船江四段が手を変えたため、水面下の研究が書かれています。

まあ実戦には出なかったのと、将棋としては船江四段の素晴らしい指し回しが光る一局だったので割愛。

 

第6局 長岡裕也五段戦

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これも有名な菅井新手▽4四歩!! トッププロ間でもかなり指されていたように思いますが、この発想も凄いですよね。▽3二銀や▽4二銀が先という先入観があるためか、もう全く見えない手ですね。

序盤から一手一手を細かく追求していく現代将棋を象徴しているようにも感じます。

 

第7局 吉田正和四段戦

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厳密にはこの▲7六飛は菅井新手ではないのかもしれない。本書には新手の記載はなかった。有名な菅井新手の▲7六飛は、居玉のまま▽8五歩に▲7六飛とするもので、それはそれでもの凄い過去に実戦例があったとか聞いたことがあります。

しかし本譜の▲7六飛も凄い。凄いというか、こういう手を追求しようという妥協の無さが凄いなと。将棋に対する姿勢が素晴らしいです。

 

第8局 牧野光則四段戦

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本局では菅井新手と呼べるものは無かったので、終盤から次の一手問題を。

今、▲7八桂と6六の金にひもを付けた局面。ここでの次の一手が凄かったです。全く見えないですね。これは正解率相当に低いと思います。

はい、それではシンキングタイム、スタート!!

 

チッチッチッ、、、

 

それでは正解です。

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▽8七桂!!!

いやぁ、見えませんねこれは。以下▲同玉に▽6六馬!が成立。実戦は▲7七銀!と粘りに入りましたが、▲同桂には▽8六銀▲7八玉▽7七金▲8九玉▽8七銀成で寄り。

うーん、なるほど。

 

第9局 村中秀史六段戦

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本譜はちょっと分かりにくい菅井新手。直前の対局で負けた局面からの改良の一手です。負けた将棋に対してしっかり修正案を用意するのがプロですね。

こういうことの積み重ねが大事なんですよね。すっかり忘れてましたけど。

 

第10局 松本佳介六段戦

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最後はC級1組への昇級を決めた一局。5九の飛車を5五に浮いて飛車交換を狙ったのが、菅井新手▲5五飛。

手としてはまあよくある手筋ですが、この形でこれを指そうという明確な意思の元に用意してあるのが凄いなと。極論で言えば、この局面を前にしてこの手自体はぼくでも指せるかもしれないけど、対局前からこの局面を想定して、この手を用意してあるのが凄いんですよね。まあプロなら当然なのかもしれないけど。

 

以上、菅井五段のC級2組熱戦譜でした。対局中の読みというより、対局前の読みに凄みを感じる一冊でした。ここまで事前研究ばかりが散りばめられた自戦記集ってのも珍しいのではないでしょうか。

普通はもっと「実戦でひねり出した一手」みたいなのが多いと思うんですけどね。とにもかくにも、非常に刺激を受ける一冊でした。おすすめです。

推奨棋力:3級以上