ゴキゲン中飛車で行こう

ゴキゲン中飛車で行こう (マイナビ将棋BOOKS)内容には抜群の安定感を誇る「マイナビ将棋BOOKS」から、久々によくわからない本が出たな、と思ったのが本書「ゴキゲン中飛車で行こう」でした。

まず最初にこの本を見た時、タイトルからして読み物なのかなと思いました。まあ見た感じ定跡書っぽくないですしね。

「誕生から大流行までを創始者が語る」とか帯に書いてあったのもあるんですが、とりあえず内容には期待せずに暇潰し用に買ってみた棋書でした。

が、、久々にやられた一冊でした。これは棋書業界では初と言っていい切り口の読み物、というか自戦記集と言うべきか。いやあ、いい意味でやられましたね。

 

本書、全285ページもあって珍しく厚めの棋書(最後は棋譜掲載なので内容的には248ページまで)なのですが、なんと全部で65個もの自戦記が載っているんです。

いやまあ、短い自戦記ってのもあるにはありますよね。将棋世界誌の「タカミチの実戦コーナー」みたいな形式(棋譜の間にちょいちょい解説を載せるみたいな)であれば1棋譜1ページというのもあり得ます。

しかし、本書の自戦記は違います。

1自戦記につき、著者のコンちゃんが言いたいことがある局面だけ語る、という内容。分量は1自戦記でだいたい2〜5ページ位です。

これはどういうことかとい言うと、例えば序盤の1局面で「初めてこの玉寄りを見つけた時の感動は忘れない」とか語ってそのまま序盤で終わっちゃうんですよね。

2ページとかで局面図を4枚も入れ込んでたりすると文章があまりに短く、え?あれ続きは??と冗談でなくページを何度もめくりなおしたりということがしばしば。

と聞くとなんか短くてつまらなそうに感じるかもしれません。

ところが、その逆なんです。サックサク読み進めることが出来るんで、なんか凄い楽しいんです。自戦記のショートショートでも言いましょうか。はたまた将棋界の星新一とでも言いましょうか。とにかくグイグイ引き込まれてしまいます。

また内容が面白いんです。なんと言ってもゴキゲン中飛車を作り上げた人ですから、その歴史はやはり素晴らしい。何気ない序盤の1手も、コンちゃんの研究の上に成り立っているんだなと感慨にふけることもありますし、むしろタイトル戦でも登場し始めて、もはやコンちゃんのものでは無くなってしまうさみしさも感じます。

また、人柄が良いという話をよく聞くコンちゃんだからか、最近の棋書にしてはめずらしく、人間関係についても話が出てきたりしていて、それがまた良い話なんです。ここでひとつご紹介。

久保さんとの対局での話で、久保さんが(以下本文より抜粋)

「(中飛車に)お世話になっています」とあいさつされて驚いたことがあった。そのような言葉を言われたのは初めてだったし、簡単に言えそうでなかなか言えるものではない。「こちらこそ使ってもらってありがとう」

という内容。将棋界には版権のようなものは無いですから、誰が開発した戦法であれ、みな自由に指していますよね。藤井システムなんかは、鈴木さんとか自分も考えていた、みたいなことを書いていたりしたのを見たことがあったり、やれ居飛車穴熊の創始者は俺だとか、そういうギスギスした空気が将棋界には多いのかと思っていたので、すごい良い気持ちになりましたね。

これもコンちゃんの人柄のおかげなんでしょうかね。こんなエピソードがちょいちょい出てくるのも本書ならでは。

久々に良い棋書に出会いました。