対振り革命 中飛車左穴熊

対振り革命 中飛車左穴熊 (マイナビ将棋BOOKS)待望の杉本七段の中飛車左穴熊本がついに登場。相振り革命シリーズから一転、「対振り革命」というサブタイトルになりましたね。

まあしかし中飛車左穴熊という戦法自体が相振り飛車のスタートから、居飛車穴熊へと変化していくので相振りの一部分という感じもしますが、戦型分類としては難しいところですね。

本書では「先手中飛車に対して後手が三間飛車にしてきた時の左穴熊」「先手中飛車に対して後手が向かい飛車にしてきた時の左穴熊」さらに「先手三間飛車に対する後手番の左穴熊」の3本の柱となる左穴熊戦法を解説。もちろん最新の菅井流についても書かれています。

基本図は下図で、先手中飛車対後手三間飛車のスタートから、先手が左に穴熊に囲うのが最大の特徴。

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右に穴熊に囲うと端攻め直撃だったり、平凡に美濃でも薄かったりと問題点の多い相振りでの中飛車ですが、これはもう完全に居飛車穴熊です。というよりむしろ、さらに主張点のある優秀な居飛車穴熊と言っても良いと思います。

さらにプラスアルファとして「先手三間飛車対策4手目▽1四歩」「角道オープン四間飛車対策▽1四歩」「▽4三銀型対策の先手中飛車(これだけ相振り飛車)」も解説。それぞれ普通の居飛車左美濃だったり、結局相振り飛車だったりと、もはや左穴熊では無いのですが、さすが杉本七段らしい細かい枝葉まで網羅する棋書となっております。

というわけで一言で本書の内容をまとめると「相振り飛車のスタートから、相振り飛車にならない将棋をまとめた一冊」ですかね。特殊な指し方をほぼ網羅していると言っていいと思います。

またこの戦法は先手中飛車を使う振り飛車党だけでなく、先手三間飛車に困っている居飛車党にもおすすめの有力戦法です。というよりは左穴熊と言っているだけで実際は居飛車穴熊ですからね。

それでは内容を見ていきたいと思います。

 

【第1章 左穴熊の基本と考え方】

まずは左穴熊戦法の優秀性を確認していきます。

①玉の安全度:▲6六銀型穴熊に組める

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最初に掲示した基本図を再掲。ここから▲4八銀〜▲5七銀〜▲6六銀〜▲6八角と、スムーズに▲6六銀型に組めるのが大きな特徴。

最近の居飛車穴熊はなかなか安全に▲6六銀型に組めないので忘れがちですが、居飛車穴熊の最善形は▲6六銀型。これに無理なく組めるのは隠れた長所ですね。

 

②好位置▲5六飛

通常の対石田流でも生じるのが、▲2六飛の形から5筋の歩を交換した後の▲5六飛。これは先手の勝率が非常に高い形なので、自然にその形になる左穴熊も優秀な形ということに。

 

③▲2六飛の転換

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基本図から▲2六飛とした局面。これで▽2四歩を強要するのが大事で、これを怠ると後手からいつでも▽3六歩▲同歩▽2四飛の揺さぶりが生じる。

そして▽2四歩〜▽3三桂〜▽2五歩と突かれると、▲5六飛と戻ることになるので2手損ですが、そのメリットが下図。

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この角打ちが▽2五歩を突かせた効果で、玉を固めてから角交換するだけで優勢になってしまうのが恐ろしいところですね。

ちなみに▲2六飛に▽3二金と受けることが可能な時は無意味のようです。素人目には▽3二金型にさせるのもありそうな気もするんですけどね。逆に言えば最初から▽3二金型を含みに▽4一金のままか▽4二金型にしておくのもあるんじゃないのかな。

とまあ左穴熊の優秀性はだいたい上記の感じですね。それでは本編のスタートです。

 

【第2章 先手左穴熊対三間飛車】

<第1節 後手ノーマル型>

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これが第1章の基本のスタート図。初手▲5六歩からの先手中飛車に対して後手が三間飛車にした局面です。まずは左穴熊の基本の駒組みを解説。

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先手は中飛車のスタートから左方向へと囲います。この▲7七角が左穴熊の序章。金銀はそのままに穴熊へと組むのが急所です。

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そして後手の▽4四歩には▲5六飛。これが最初の大事なポイントで、▽4四銀型の場合は▲5六飛は狙われて危険。詳しくは第2節で。

以下は▽5二金左を見てから▲2六飛と回り、角交換から▲1二角という前述の変化を詳しく解説しています。

 

<第2節 後手▽4四銀型>

第1節は後手が穏やかな持久戦でしたが、本節では後手が動いてくる順を解説しています。まずは早めの▽3六歩の仕掛け。これはまず最初に気になる変化ですね。

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この▽3六歩には▲3八銀がポイントで、▽3七歩成に▲同銀と銀を活用していきます。また、▽3六歩とせずに▽3三銀〜▽4四銀型を目指してきた場合。

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ここでも▲3八銀と対応します。以下▽3六歩には▲5六飛!と浮いて▽3七歩成を強要。▲3七同銀と、銀を活用して指すのが急所です。

▽3六歩とせずに▽4四銀としてきた場合には、▲4七歩が急所の一手。

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以下▲4七銀〜▲3八金と手厚く押さえ込んでいけば、石田流からの攻めはなく、感覚としては棒金で押さえ込みながら囲いは穴熊、というようなイメージで先手指しやすい。

 

<第3節 相穴熊型>

後手も穴熊を目指す相穴熊型の解説です。左穴熊という戦法自体、速攻ができる戦法では無いため、後手も穴熊を目指せば組みやすいと言えます。

しかしながらこの戦型は中盤のやりとりが大きく形勢に反映されてしまうので、この相穴熊型では特に細かい駆け引きが重要になってきます。

後手は穴熊に組む前に石田流の構え(▽3四飛〜▽3三桂〜▽1三角)を作り、▲2六飛の揺さぶりに▽2四角!を用意するのがポイント。

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この▽2三歩・▽2四角型が、左穴熊に対する最強の布陣。後の▽2四飛をが飛車成の先手になるのがその利点で、好形を維持して穴熊を組みます。仮に美濃囲いでも使えますね。

以下はお互いに4枚穴熊を目指しますが、以下はそのいくつかの形を解説しています。最後には▽2四角に対する杉本七段独自の研究も載っています。

 

<第4節 後手特殊型>

本節では特殊な形を解説。まずは山崎八段考案の山崎流から。

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まずは早めの浮き飛車から▽7二銀がそのスタート。ここまでは通常形にも戻れる普通の出だしですが、ここからいかにも山崎八段らしい独特な指し回しを見せます。

以下▲8八玉に▽7四歩▲9八香▽7三銀!▲9九玉▽6四銀!

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すばやく右銀で玉頭を攻めようという作戦ですね。基本的な対策としては▽7四歩を見た時点で▲4八銀から、こちらも右銀を6六へ素早く持っていくようにすること。▽6四銀に▲6六銀が間に合えば問題無い形です。

しかし▲4八銀としてしまうと、▽2四飛に▲3八金とする必要があるので、▽7四歩▲4八銀の交換を入れてから持久戦にする指し方があり、それは一局の将棋ということで深く解説されていませんでしたね。

高美濃に組んでしまえば▽7四歩も違和感が無くなるので、後手としては面白い指し方だと思います。後手の基本方針としては、いかに5五の位を目標に仕掛けるかというのが根底にあり、この▽6四銀もその方針に沿っていると思われます。

その他、各章の補足説明と、プロの実戦例として「後手から早めの▽7四飛の揺さぶり」「美濃では無く▽6二銀型から、やはり▽6四銀と繰り出す指し方」を解説しています。

 

【第3章 先手左穴熊対向かい飛車】

お次は対向かい飛車。三間飛車の次に多い対策だと思います。

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いきなりのポイントは、▽2二飛を見るまでは▲4八銀や▲6八玉と指さないこと。後手に▽8四歩と居飛車にされて不利になります。

 

<第1節 後手ノーマル型>

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まずは▽2二飛に対して▲4八銀とするのが急所。▲4八銀〜▲5七銀を急ぎ、▽2四歩〜▽2五歩に▲2八飛!と受ける形を作るのが菅井流の飛車回り。

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▽2二飛の段階で▲4八銀を入れておかないと、この順が間に合いません。まあ先に▲2八飛としてから▲4八銀もあるでしょうけど、やはり▽2五歩に▲2八飛とするのが形というもの。つまり先に▲2八飛だと、▽2五歩を指すか分からないですからね。

そして穏やかに組み上がるとこんな感じ。

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やはり先手は自然に▲6六銀型に組めるのが大きく、飛車の移動で2手損しているものの指しやすい形勢、というかおそらく作戦勝ちなんでしょう。

ここから後手は、▽6四歩は▲7五銀の揺さぶりがあって指しづらく、その前の▽4三銀の代わりに▽6四歩としても▲5五銀〜▲8六角の揺さぶりがあってやはり指しづらいので、普通にこの形に進んでしまうだけで後手不利になっているということですね。

また▲5五歩を保留することが出来たのも地味ながら大きいようです。

 

<第2節 後手高美濃型>

というわけで漫然と組み合うと、▽6四歩すら突けない=駒組みの進展性が無いということで、早めに高美濃を目指すのが本節の形。

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先に▽6四歩〜▽7四歩〜▽6三金を決めてから組もうというわけですね。先手としては高美濃に組まれたからといって不利になるわけでもないので、角を▲5九〜▲3七角などと展開してコビンを狙えば指しやすい形勢に。

 

<第3節 相穴熊型>

後手も穴熊にしてきた場合は、金の配置に注意が必要です。

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後手の理想形は▽2四角▽3三桂型のため、▽2四角の瞬間に▲2六歩が突けるように角のラインに金を配置しない▲7八金・▲6九金型が急所の形。仮に7九に金があると、▽2四角▲2六歩に▽7九角成〜▽2六歩として劣勢になります。

というわけで▲7九金右をなるべく保留し、相手の駒組みを牽制するのが大事です。この後は銀冠穴熊に組み替えたりなど、いくつかの形を解説しています。

 

<第4節 後手居飛車型>

本節ではなんと後手も居飛車に戻す指し方を解説。

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まずは藤井システムのような序盤です。2筋は突かずに▽4三銀〜▽7四歩を急ぎます。そして以下▽9二飛の形を作って下図。

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これが後手の狙いですが、先手も▲3六歩など、反撃を狙って強く戦えば悪くないようです。また▽7三銀〜▽6四銀〜▽7二飛とする形もあり、上図とどちらも有力に見えますが、やはり玉が薄いので勝ちづらいようです。

 

【第4章 先手三間対後手左穴熊】

個人的に最も気になるのがこの章。なんと言っても、居飛車党・振り飛車党問わず使用可能な戦法なので、3手目▲7五歩対策として用意しておきたい指し方の一つと言えるでしょう。

スタートはここから。3手目▲7五歩に対しての▽5四歩は、振り飛車党としては普通の手ですね。

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以下▲6六歩▽4二玉▲7八飛に▽5二飛!

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先手が▲7八飛とするのを見てから▽5二飛が序盤の大事なポイント。先に飛車を振ると▲2六歩から居飛車に変化をされて損をします。というわけで本章ではこのスタートを解説していきます。

 

<第1節 3手目▲7五歩対左穴熊>

後手番の左穴熊では、実は先手番よりもいくつかのメリットが存在します。

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後手番なので一手損しているわけですが、その一手が▲6六歩と交換になっています。これは先手番左穴熊で解説があったように、▲6六銀型の方が手強いのでむしろ▲6六歩は歓迎です。

というわけで上図のように早めの▽5四飛が可能に。ちなみにこの▽5四飛は▲4八玉を見てからが良いらしいです。

そして▲8六飛を警戒して▽7一銀型のまま指し、逆に先手は▽8四飛に備えて▲6九金型で進みます。そして迎えた下図。

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この▽4二角は▲9七角に対応した手。角交換になりやすくなるので、それを活かして反撃を狙います。序中盤の急所はこれくらいで、あとはいつも通りといった感じ。先手としては▲6五歩〜▲6六銀型を作るのが良さそうですが、やはり玉形の差で後手勝ちやすいと思いますね。

 

<第2節 先手▲8六角型>

上図からの▲5八金左に▽8四飛と揺さぶりをかけ、そこで▲8六角と受けた形を解説。

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第2章でも解説があった形で、先手としては有力な手段。後手としても▲8六角があるタイミングでは▽8四飛とは指しづらいようですが、ここからの指し方を解説しています。

ポイントは右銀の使い方ですね。▽4四銀型、もしくは▽6二銀〜▽5一銀と引きつける指し方などがあります。どちらもやはり穴熊が硬いので後手指しやすい形勢と言えますね。

 

<第3節 相穴熊型>

というわけで相穴熊型の登場です。第2章との違いは三間飛車が▲6六歩+▲6七銀型であること。(第2章では▲6八銀型)

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まず序盤のポイントはこの▽6二銀。▲8六飛が気になりますが、以下▽7五角▲8三飛成▽9七角成▲同香▽9四角で後手優勢。

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6七の銀が浮いている時は常に狙い筋となるので、覚えておきたいですね。

そしてお互いに玉をかためて、▽5一銀〜▽7四歩が面白い一手。

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▲同歩とすると角交換から先手まずいので、ここでの先手の対応がかなり難しいようです。たしかに▲同歩がだめならどうするんだという気がしますね。

ただし本筋はやはり▽5三銀〜4四銀型のようで、以下はその解説と、早い▲7四歩や▲8六飛型のまま戦われたら等の、杉本七段らしい補足解説になっています。

 

<第4節 先手居飛車型>

ここでは第3章第4節で解説した山崎流の先後逆バージョンを解説。

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後手としては、やはり同じく右銀を素早く繰り出すのが急所で、結論としては向かい飛車から居飛車に変化するより、損な変化が多いみたいです。早めに突いた▲7五歩がキズとして残るようですね。

 

【第5章 その他の戦型】

この章では「相振りのスタート」という大きなくくりでの特殊な形を紹介。それぞれ有力な作戦ばかりで、知っておいて損は無いですね。

 

<第1節 先手三間対策4手目▽1四歩>

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3手目▲7五歩に対して▽1四歩▲7八飛▽8八角成▲同銀▽3二銀と進んだ局面。1筋を先手が手抜きしてきた時に使える手法です。まあ相振りのスタートで早めに1筋を受けてくることは少ないと思うので、かなりの確率でこの局面に誘導できるはずですね。

ここから後手は1筋の位を取ってから居飛車左美濃へ、先手は位を取られているので穴熊へと組みます。

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まあこんな感じ。▲6五歩に▽4四角を用意しておくのが急所、つまり▽4四歩を突かないように駒組みをしておきます。まあなんとも言えない局面ですけど、後手指しやすそうですね。形勢はやや後手持ちとのこと。

 

<第2節 角道オープン四間飛車対策▽1四歩>

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これも最近流行りの指し方で、ここから1筋の位をとって相穴熊へと進むと下図。

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これは端の位があって後手満足の中盤戦と言えるでしょう。ただし形勢はあまり差がないとは思います。多分後手+300点くらい。

この他に先手は角交換をしてから穴熊へと組む手法もあり、その方が先手としては良さそうです。ただし、これからの将棋ということであまり解説はされていません。

 

<第3節 ▽4三銀型対策の先手中飛車>

本節は、第2章の後手向かい飛車型の序盤で、後手がなかなか▽2二飛を決めてこない場合の指し方を解説しています。具体的には下図。

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ここで▽2二飛ならば▲6八玉から左穴熊へいきますが、ここまで保留されると先手としては、これ以上良い手待ちが無いということですね。以下▲6八銀〜▲5七銀〜▲4八玉と進んで相振り飛車になります。

これでは中飛車側が不利だと考えてしまいそうですが、後手が指した▽4三銀が、対中飛車ではあまり良く無い一手。これを咎めに5筋から速攻を仕掛ければ先手も互角以上に戦えます。

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具体的にはこのような形。結論としては難しい将棋ながら、先手としても主張があり、主導権も握っているので不満無いと思いますね。

後手としては逆に、左穴熊が嫌であれば本譜を選べば一応可能なわけで、駒組みをもう少し考え直せばもっと良い指し方があるような気もします。

 

<第4節 徹底研究・5筋の攻防>

この説は唐突ですが、5筋の攻防を中心にした、左穴熊戦法に対するQ&Aコーナーとなっております。

Q1:▽6二銀以下の飛車の使い方に迷う。▲5六歩も気になる。こちらから先に▽8四飛としていた方が良かったか?

質問が既にぎこちない雰囲気で、杉本七段が頑張って書いた感じが出ていますね。

A1:急いで▽5四飛と戻る必要なし。むしろギリギリまで8四に飛車を置いた方が良い。

なぜかアンサーまでぎこちない感じ。そんなぎこちないQ&Aが3つ、計15ページあります。

 

【第6章 自戦記】

以下は杉本七段の自戦記が3局。ちなみにこの棋書は全288ページの大ボリューム。その分お値段も2,000円近いのが痛いですが、この自戦記を除いても250ページ近くあるので、相当に充実した内容になっています。

杉本節が炸裂した良い棋書ですが、あいかわらず多様な形への充実した解説となっており、全てマスターするのは難しいのが欠点ですね。まあ一通り目を通して知識として持っておくのが精一杯というところですが、先手中飛車党としては必携の一冊と思われます。

自分は3手目▲7五歩対策として何度か過去に実戦投入したことはありますが、この戦法は組み上がってからの指し方が難しいと感じました。本書でじっくりと再度研究をしてから、また使ってみたいと思います。この戦法は絶対有力ですからね。

とにもかくにも待望の一冊が、期待通りの内容で良かったなというところですね。杉本七段お疲れ様でした。

 

推奨棋力:5級以上